いつか戻る、その時に
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いつか戻る、その時に


「いつか戻る、その時に」のコメント

火の手が上がったのは深夜だった。最初に叫び声を上げたのは東の番屋にいた警備の男だったが、次に目覚めたのはリオだった。

ユラの声が、強く彼女の耳に響いたからだ。

「逃げて、リオ。来た……封じ人が!」

目を開けた瞬間、部屋の窓が赤く染まっていた。炎の光だ。村の一角が燃えている。リオは慌てて石を布に包み、外に飛び出した。

外はすでに混乱していた。子どもを抱いた母親たちが走り回り、村人たちがバケツを手に井戸から水を汲んでいる。だが、炎は風に煽られ、止まる様子がなかった。

「ルカはどこ!?」

リオが叫んだそのとき、背後から声がした。

「こっちだ!」

ルカが、大鎚を肩に抱えて現れた。目は真剣で、顔にはすすがついている。彼の後ろには、数人の若者たちが並んでいた。彼らは村の鍛冶見習いや木工職人の仲間たちだった。

「火の手は東の倉庫からだ。誰かが油を撒いた痕跡があった。おそらく、これは“攻撃”だ」

リオは、ぎゅっとユラを包んだ布を握った。

「やっぱり、封じ人……」

「でもな、奴らの姿は見えなかった。火だけを残して、どこにもいない。まるで“気配”そのものが襲ってきたみたいだった」

その言葉に、ユラが震えるように囁いた。

「封じ人は姿を持たない。言葉を恐れ、記録を忌み、痕跡を残さない。“情報”の痕跡すら残したくないんだ……」

リオはその意味を理解した。

彼らは“声”を恐れるがゆえに、“声”の記録が残ることすらも拒んでいる。だからこそ、伝声石を消し、声を絶つ。

「つまり……狙いはユラ。この石を封じるために火を放ったんだ」

「その通りだと思う。けど、逆に言えば、ユラの存在はそれだけ価値があるってことだ。情報は、武器になる」

リオはうなずいた。「逃げるだけじゃだめ。ユラの声を守るだけじゃ、未来は変わらない」

そのとき、村の中央にいた長老が高らかに叫んだ。

「火は沈静化した! 被害は最小限だ! だがこれは“戦”の始まりだ!」

村は変わる。誰もがそう感じていた。
リオは立ち上がる。ユラを、情報を、未来を守るために。