本日夜7時半から、NHKで「夜行列車タイムマシン」が放送されました。
私は、ブルトレブームの頃は小学生でした。写真を撮る趣味はありませんでしたが、東京駅のホームに行ったりしてました。
両親の郷里へ行くときには、何度か寝台列車(「あさかぜ」や「はやぶさ」など)に乗ったりもしました。寝台列車以外にも大垣夜行など、座席で夜を明かしたこともあります。
みなさんも、夜行列車の思い出(国内・海外問わず)をコメントして下さい。
私は、ブルトレブームの頃は小学生でした。写真を撮る趣味はありませんでしたが、東京駅のホームに行ったりしてました。
両親の郷里へ行くときには、何度か寝台列車(「あさかぜ」や「はやぶさ」など)に乗ったりもしました。寝台列車以外にも大垣夜行など、座席で夜を明かしたこともあります。
みなさんも、夜行列車の思い出(国内・海外問わず)をコメントして下さい。
9件のコメント
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一番の思い出は、急行「日南」で鹿児島県から宮崎県に向かう時に見た雪でした。
普通に乗れる夜行列車は復活しないでしょうから、「にちりんシーガイア」のようなコンパートメントで懐かしみます。
22:10に大阪を発車し、青森には10分遅れの17:20に到着。
直角座席に座りっぱなしで、お尻と腰がもげるかと思いました💦
計画では、青森からも夜行急行に乗る予定でしたが、思わずみどりの窓口に駆け込んで寝台特急を予約し、2時間後の特急ゆうづる8号のB寝台で、上野に向かいました。
>> 立ちあがる人@しばし充電中 さん
周遊券は、急行自由席に乗れることを活用した派ですか?>> Salalah さん
大阪ー青森は、ほぼ一日かかりますからね。ぎゅうぎゅうで、座りぱなしだと大変ですね。
東北や北海道に行く時には、急行八甲田や急行十和田も、よく利用しました。東北本線経由の八甲田より、常磐線経由の十和田の方が、のんびりしてて好きでした。
原ノ町から先は単線区間があるので、鹿島・日立木・新地に運転停車して、寝台特急のゆうづる4号・6号・8号や上りの急行十和田とすれちがったり、ゆうづる5号に追い越されたりしました。
また、4時半過ぎに一ノ関に停車した際には、まだ夜の時間帯にもかかわらず、弁当売りのおじさんが、何人も声を張り上げていました。
👆昭和の一ノ関駅前(娯楽の殿堂って、何だったんだろう?)

はじめまして。還暦過ぎのおっさんです。
初めての夜行列車は、高校卒業旅行で北陸方面に行った際に乗った「急行能登(のと)」です。
薄い記憶では往復ともに能登だった気がします。
男4人で行ったのですが、帰りはボックス席で夜通し大貧民をやってました(笑)
その後は、一人旅でブルトレに乗って門司まで行って秋吉台などを回ったり、SL山口号に乗ったり。
次の年はブルトレで青森に行って恐山を回ったりしました。
4年前には、サンライズの雑魚寝シートで出雲市まで行きました。
乗車したらシャワー券を速攻で購入して、朝になってからゆっくり利用しました。
夜行列車は良いですよねー
>> さかりん@THETAアンバサダ さん
「サンライズ」のノビノビ座席は利用したことないですが、快速「ミッドナイト」(函館-札幌)のカーペットカーなどは利用したことがあります。初めての夜行は、学生の頃に、北海道に合宿に行くために大阪から特急白鳥で青森へ行き、夜行急行「はまなす」で札幌まで乗りました。青函連絡船は廃止になったあとでした。
信州に行くときは「ちくま」に乗りました。急行「きたぐに」に乗ったこともあると思います。「シュプール号」にも乗ったかもしれません。今から思うとあんな座席で眠れてたのかなと思います。
寝台車に初めて乗ったのは、社会人になってからで、大阪発の「日本海」で、東能代まで行ったような気がします。思ったより振動がありました。